呼吸を忘れるほどのかゆみ
アトピーのかゆみのおそろしさは、どれほど言葉を尽くしても伝えきれるものではありません。
あまりのかゆさに、息をするのも忘れるほどなので、気づくと息を止めたまま体じゅうをかきむしっていて、そのあとは必ずかきむしったあとの痛みがやってくるのですが、痛みの波に飲み込まれる前のほんの一瞬、”フゥーーッ”と忘れていた息をする、という感じです。
そんなふうに、死ぬほど苦しいかゆみと戦っているとき、わたしが一番聞きたくなかったのは、「かいちゃダメ」という言葉でした。ボロボロの肌をバリバリとかきむしっているのを見ると、あまりの痛々しさに「かいちゃダメ」と言いたくなるのもわかります。でも、かいて肌を傷つけるより、かくのを我慢するほうがずっとずっとつらいのです。一瞬でもあのすさまじいかゆみを体験すれば、わかっていただけると思うのですが……。
たとえて言うなら、血管の中を小さな虫が這い回っているような感じ。その虫がたくさんいて、わたしの体の中をうごめいているのです。わたしは二本しか手がないので、一度にかける場所は2ヶ所。でも、常に2ヶ所以上かゆいところがあるので、片方ずつの手で体の違うところをかきながら、つぎにかきたいところを考えていました。でも、“虫が這っている”と言ったように、かゆい場所は刻々と移動します。なので、さっき、つぎにかこうと思っていたところではない箇所もどんどんかゆくなる。わたしには休むひまがありません。ほんとうに、自分の血管をナイフで切り裂いたら、小さな虫が出てくるのではないかと、本気で思っていました。
だから、「かいちゃダメ」と言われると、かゆみだけでも拷問なのに、かくのを我慢するなどという、もっともつらいことを要求されているようで、「この人はこんなわたしをもっと苦しめたいのか?」などと、とんでもない考えが頭に浮かんでしまいます。もちろんその人は、わたしの肌を傷つけたくないから、そしてわたしの味わっているかゆみがどれほどのものかを知らないから言っているわけで、悪気などではもちろんないのですが、それをわかりつつも、実際にその言葉はわたしをものすごく痛めつけるものでした。そんなふうに、アトピーという病気は、人の言葉を素直に受け取れない心をも作ってしまうのです。
自分ではないような体になり、その体によって、自分の心もかたくなになってしまう……。自分が自分でなくなっていくような感覚が、何よりも一番つらかった。体と心がどんどん自分から離れていくあの感覚は、ほんとうに耐え難いものでした。
続きます。
photography by Melina Hammer
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