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2019-04-14

こんな心、なければいいのに

体は動かさなくても頭は動きます。覚醒している間、一瞬も休まず体のどこかがかゆく、かきながら「次はどこをかこう」と考えているわけですが、それは言ってみれば本能のようなもの。頭脳を使うという種類のものではありません。人間の脳のキャパシティはすごくて、ふだんわたしたちはその数パーセントしか使っていないと聞いたことがありますが、こんなわたしの脳でも、かゆいところを認識するだけでは手一杯にならず、余力で違うことを考えます。休んでいてくれたほうがわたしはよっぽど楽なのに、脳は休んではくれないのです。

何を考えるかというと、これから自分はどうなるのか、ずっと治らなかったらどうやって生きていけばいいのか、このまま家から一歩もでられず年をとっていくのか…、という将来への不安。あのときああしていればこんなひどいアトピーにならなかったんじゃないか、あのときのあの判断が間違っていたんじゃないか、あのときああしていれば今も健康でしあわせに暮らせていたんじゃないか…、という過去の後悔。毎日毎日、その不安と後悔が入れ替わり立ち替わり押し寄せてきます。それこそ海の波のように、休まずわたしの心に寄せてくるのです。

これは、ほんとうにつらいこと。わたしがよく思ったのは、“体が痛いのは、かゆいのは、見た目がものすごくひどいのは、なんとか耐えられる。ただ、この自分の心の状態だけは耐えられるものではない”ということです。

体の苦痛はしかたない、受け入れよう。いや、受け入れるしかない。でも、心の痛みは、この、心を錆び付いた鏃でえぐられるような痛みは、とても耐えられない。体が思うようにならなくても、心は自由なはずなのに、なぜこうもわたしの心は不自由なんだ。思いどおりにならないばかりか、どうしてこうもわたしを苦しめるんだ。こんな心、なければいいのに。この醜くてかゆくて痛い体があるだけならば、どれほど楽だろう。この心があるからわたしはよけいにつらいんだ。こんな心いらない。わたしから離れてどこかに行ってしまえばいいのに。と、毎日毎日思っていました。

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